ES細胞について

2001.03.14 放送より

 ES細胞、英語でembryonic stem cell、日本語では胚性幹細胞といいます.胚というのは、植物では種の中にはいっている芽の部分という意味で、幹細胞というのはいろいろな細胞に分化できるという意味です.すなわちES細胞は、まだ赤ちゃんとして生まれる前の細胞であり、身体のすべての組織に成長しうる未熟な細胞のことです.

このどのような組織にも分化できる万能細胞とでも言うべき細胞は、従来、骨髄や皮膚では存在していることが知られておりましたが、最近、人間の神経でも作ることができると報告され、神経難病、脳血管障害や神経外傷などさまざまな神経の病気やけがの治療に利用できるのではないかと期待されております.

 従来の移植といえば人工臓器は別として、通常はその臓器や組織を他の人からいただかなければなりません.ところが、日本国内では、ご存じのように脳死からの移植はドナーの方の絶対的な不足がありますし、小児同士は行うことができません.また神経の分野では、ほかの細胞と比べ再生能力が乏しいため、生体移植も困難な状況です.このような現状をふまえ、異なった治療法として再生医療という考え方が脚光を浴びてきております.

すなわち、他人や他の動物の移植組織・臓器に頼らず、治療に応用可能な細胞や組織、臓器をヒトの生まれてくる前のごく未熟な細胞から創ってしまおうという試みです.本来ならば、拒絶反応の関係からもできればその患者さんご本人の細胞から作ることができれば良いのですが、どんどん増殖してゆく能力が必要なため、現時点ではまだ技術的にみて困難なようです.そこで身体中の細胞の起源ともいうべき受精卵の利用が動物実験で用いられているようです.

 具体的には、受精卵がある程度分裂したところで取り出して、この細胞にLIF(leukemia inhibitory factor)という分化を抑制する物質を加えてさらにフィーダー細胞という下敷きとなる細胞と一緒に培養を繰り返します.この操作により未分化状態の胚細胞を無制限に増殖させることが可能です.これがES細胞株で、この培養系から先ほどのLIFやフィーダー細胞などを抜き去ることで胚様体という細胞の塊を作ります.これにいろいろな条件(放射線を照射したり、遺伝子を導入したりなど)をさらに加えることで血球、筋肉、神経などいろいろな細胞に分化誘導することができるのです.

 そしてこのようなマウスの実験から治療としての再生医療への道を切り開いたのは、1998年の米国ウイスコンシン大学のグループによるヒトのES細胞株の樹立でした.さらに彼らはそのヒトES細胞株をマウスに移植し、いろいろな種類の細胞に分化できることを証明しました.そこでこのようないろいろな細胞に分化・増殖できる能力のあるES細胞を利用することが出来れば、将来、ヒトの臓器移植にドナーは不要になるかもしれないと期待されております.

そのような例といたしましては、造血系幹細胞を用いた移植による白血病の治療、心不全に対する心筋細胞の移植、糖尿病に対するインスリン分泌細胞の移植、劇症肝炎に対する肝細胞の移植、関節症に対する軟骨細胞の移植などに加えて、神経内科の分野でも、神経幹細胞からドーパミン産生細胞を誘導してのパーキンソン病の治療や運動神経細胞を誘導してのALSの治療などが想定され、現在、動物実験が進んでおります.

 しかしこのような夢のようなES細胞ですが、解決しないといけない問題もまだまだたくさんあるようです.例えば、まず細胞の安全性の問題です.ES細胞は、細胞がどんどん増殖するという点ではガン細胞と似た状態です.いったん分化させてしまえば無制限の増殖は止まるのではと考えられていますが、腫瘍形成の危険性は可能性として残っています.


 また移植されたES細胞と患者さんの身体の間で起こる免疫拒絶反応も問題です.通常の移植では、白血球の組織適合抗原の型を合わせることが大変なのですが、同じことがES細胞でもいえるのです.これについては、多くの型のES細胞をそろえることは困難ですので、遺伝子レベルで組織適合抗原の型を変える研究が進められているようです.

 次に問題になるのは、実はこちらの方がより重大な問題なのですが、それはヒトのES細胞株を樹立するためにはヒトの受精卵が必要であるということです.現在、我が国では、人工体外受精をする際に余った受精卵の中から承諾を得たものを用いて実験が勧められているようです.このことや細胞核を用いた遺伝子操作など倫理問題にふれる問題が数多く含まれておりますので、現在、これらに対する法律の整備が急務となっております.

 ES細胞は、まだいろいろと問題が数多く残っていて実用化までにあと何年かかるか分かりませんが、21世紀に入っての初めての春を迎えるにあたり、これまで治らないとあきらめていた難病の患者さんにとっては明るい希望だと思いますので本日はご紹介させていただきました.

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