パーキンソン病とES細胞について

2005.01.11 放送より

 今年に入って明るい話題として最近の徳島新聞や朝日新聞に載りましたパーキンソン病におけるES細胞を用いた世界初の治療についてお話しいたします.

 ES細胞,英語でembryonic stem cell,日本語では胚性幹細胞といいますが,これについてはもうかれこれ2年くらい前に1度お話ししたことがあります.胚というのは,植物では種の中にはいっている芽の部分という意味で動物では受精卵が成長を続ける初期の段階をさします.一方,幹細胞というのはいろいろな細胞に分化できるという意味です.

 すなわちES細胞は,まだ赤ちゃんとして生まれる前の細胞であり,身体のすべての組織に成長しうる未熟な細胞のことです.このどのような組織にも分化できる万能細胞とでも言うべき細胞が,一度障害されたら回復することが難しい中枢神経の病気である神経難病の治療に利用できるのではないかと期待されております.

 従来の移植といえば人工臓器は別として,通常はその臓器や組織を他の人からいただかなければなりません.ところが,日本国内では,ご存じのように脳死からの移植はドナーの方の絶対的な不足がありますし,小児同士は行うことができません.また神経の分野では,ほかの細胞と比べ再生能力が乏しいため,生体移植も困難な状況です.このような現状をふまえ,異なった治療法として再生医療という考え方が進められて参りました.

 すなわち,他人や他の動物の移植組織・臓器に頼らず,治療に応用可能な細胞や組織,臓器をヒトの生まれてくる前のごく未熟な細胞から創ってしまおうという試みです.そして現在,この未熟な細胞として身体中の細胞の起源ともいうべき受精卵の利用が動物実験で用いられているようです.具体的には,受精卵がある程度分裂したところで取り出して,この細胞にLIF(leukemia inhibitory factor)という分化を抑制する物質を加えてさらにフィーダー細胞という下敷きとなる細胞と一緒に培養を繰り返します.この操作により未分化状態の胚細胞を無制限に増殖させることが可能です.これがES細胞株で,この培養系から先ほどのLIFやフィーダー細胞などを抜き去ることで胚様体という細胞の塊を作ります.これにいろいろな条件(放射線を照射したり,遺伝子を導入したりなど)をさらに加えることで血球,筋肉,神経などいろいろな細胞に分化誘導することができるのです.

 そしてこのようなマウスの実験から治療としての再生医療への道を切り開いたのは,1998年の米国ウイスコンシン大学のトムソン教授らによるヒトのES細胞株の樹立でした.さらに彼らはそのヒトES細胞株をマウスに移植し,いろいろな種類の細胞に分化できることを証明しました.そこでこのようないろいろな細胞に分化・増殖できる能力のあるES細胞を利用することが出来れば,将来,ヒトの臓器移植にドナーは不要になるかもしれないと期待されております.

 さて今回の京都大学の橋本教授たちの研究ですが,彼らはまずカニクイザルの受精卵からES細胞を作成し,このES細胞とPA6細胞という細胞を共培養させ,さらに線維芽細胞増殖因子の仲間(FGF-2および20)を作用させてES細胞をパーキンソン病患者で欠乏しているドーパミンを産生する細胞へと高率に誘導できることを見出しました.そして実験的に6匹のパーキンソン病モデルカニクイザルの脳内にこのドーパミン産生神経前駆細胞を多く含んだサルES細胞由来の神経幹細胞を約80万個移植したところ,平均で約2%が生着し実際にドーパミンを産生し,2匹のサルでは移植後3ヶ月して手の振るえやじっとして動かないなどの症状が改善したそうです.

 そして多動などの副作用はみられなかったそうです.パーキンソン病は中脳黒質のドーパミン産生神経細胞が原因不明に変性脱落してゆき,ドーパミン欠乏の結果,手足の振戦,筋固縮,無動などが進行してゆく疾患で,日本では高齢者を中心に約12万人の患者さんがいるといわれております.治療はドーパミンの補充を中心に薬の内服が主流ですが,副作用などのため薬物療法によるコントロールが不良で治療に困ることもあります.そこで今回のこの報告は少しでも早く臨床応用されることが期待されております.

 しかし,観察期間がわずか3ヶ月と短いことより,将来どの程度効果が持続するかとか移植した細胞には未分化のES細胞も残っている可能性があるので腫瘍が生じないかなど長期間にわたって経過を見ないと分からない問題が残っています.またヒトのES細胞の確保(現在,我が国では,人工体外受精をする際に余った受精卵の中から承諾を得たものを用いて実験が勧められている)をどうするかなど多くの患者さんに再生医療が一般化するには倫理的な問題も残されておりますが,出来ればあと5年くらいでヒトに対しても臨床治験が始まることを期待したいと思います.

戻る

タグ:

ページの上部へ