狂牛病について

2001.10.25 放送より

 そもそも狂牛病 (牛海綿状脳症、Bovine spongiform encephalopathies、 BSE)といいますのは、1986年に英国で発見された牛の脳を侵して海綿状にする病気であります.3~6歳の牛に発症し、潜伏期間は2~8年といわれております.いったん発症すると神経が過敏となり、攻撃的あるいは沈鬱状態となり、食欲減退による体重減少、失調、麻痺、起立不能などをきたして、急激に消耗して2週間から6ヶ月で死亡してしまいます.

 病因としては1970年代に突然変異で起こった牛の脳内にあるプリオン蛋白の異常(=感染性蛋白粒子、proteinaceous infectious particle)が考えられており、これが牛骨粉を介して牛から牛へと伝達していったものとされております.このプリオン蛋白は、元々正常な脳・脊髄などの中枢神経組織に存在し、本来は分解されやすい蛋白質であるのに対して、変異プリオン蛋白は立体構造が変化することにより極めて頑丈で分解されにくくなっており、しかも“朱に交われば赤くなる”式にどんどん周りの蛋白質を変異型に変えていってしまうとされています.

 そしてどんどん変異プリオン蛋白が蓄積されることにより、神経細胞が死滅してゆくものと考えられています.またこのような異常プリオン蛋白による致死性の神経変性疾患には、家畜では羊のスクレイピー(身体を立木などにこすりつけ脱毛が起こる状態)やミンク(伝達性ミンク脳症)それにシカなどがあり(鶏や豚には今のところ報告はありません)、そしてヒトでは代表的疾患としてクロイツフェルト・ヤコブ病があります.

 そもそも元来のクロイツフェルト・ヤコブ病 (Creutzfeldt-Jakob disease、 CJD)は、1930年代に欧州で初めて報告されました.年間100万人に1人の発症と極めて稀な疾患であり、80~85%が弧発例、10~15%に遺伝子異常(ヒトでは第20番目の染色体短腕に存在)、残りは医原性(外科的処置、成長ホルモン療法、角膜や硬膜の移植)で起こるとされていました.発症年齢は40~70歳代で、発症初期(第1期)は、疲労感、めまい感、視覚異常、不安感、記憶障害、軽い歩行障害など漠然とした症状で、これが数ヶ月間続いた後、亜急性に進行する痴呆とともにミオクローヌス(筋肉がピクピクと収縮する不随意運動)や舞踏病運動(まるで踊りでも踊っているかのように見える不随意運動)、視力喪失、筋萎縮、運動失調などを合併してきます(第2期).

 この状態が約6ヶ月続いた後、最後には無言で除皮質あるいは除脳硬直状態(手を屈曲あるいは進展し、足は進展した状態で硬くなり寝たきりの状態)となります(第3期).そして有効な治療法はなく、約80%が1年以内に死亡するといわれています.検査所見では脳波で全般的徐波化に加えて約80%に特徴的な周期性発作性同期波 (periodic synchronous discharge、 PSD)を認め、臨床診断の上で有用であります.また孤発性の場合、確定診断は、脳などにある異常プリオン蛋白を免疫染色により組織のまま染め出すか組織よりの抽出物からWestern blotting法という蛋白を検出する方法により行います.

 一方、新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病 (nvCJD)は、1996年に英国で10例をもとにして発表されました.従来のCJDと比べて、①若年者で発生すること(=潜伏期間が短い)、②発症してから死亡するまでの平均期間が6ヶ月から13ヶ月に延長していること、③頑固な痛みを伴うことが多いこと、④脳波所見が異なること、⑤脳の病変部に広汎にプリオン・プラークがみとめられることなどの違いがあり、異常プリオン蛋白の糖鎖パターンやマウスの脳内接種による感染実験の結果などより牛海綿状脳症でみられる異常プリオン蛋白を介した伝達性海綿状脳症と考えられています.英国だけでもこの10年間で107名の患者が存在したといわれております.

 さて今回の狂牛病問題で最も気になる点は、何と言っても感染性についてと思います.WHO(世界保健機構)では、安全性を4群に分け、自然感染もみられた脳、脊髄、眼の網膜はカテゴリーⅠとして感染の高危険群とし、次ぎに実験的に感染させた結果より小腸や大腸の1部、脾臓、脳脊髄液、下垂体などをカテゴリーⅡとして中危険群、末梢神経、胸腺、骨髄、肝臓、肺、膵臓などをカテゴリーⅢとして低危険群としています.そして筋肉(骨格筋)、心臓、ミルク、血液、腎臓、甲状腺、生殖器官、骨、皮膚、毛髪、唾液それに大小便などはカテゴリーⅣとして感染の危険性はないとされています.

 プリオン蛋白を分解あるいは失活させるためには通常の蛋白分解酵素や煮たり炊いたりする処理では駄目で、オートクレーブや次亜塩素酸など特殊な薬品による処理が必要です.これらの処理は実際に食用にするためには使用できないと思いますので、高危険地域から送られてきたカテゴリーⅠからⅢのものは、避けた方が良いと思います.また逆にカテゴリーⅣのものはWHOが太鼓判を押しているので、食べる部分を選べば大丈夫といって良いかと思います.

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