食欲とその異常で起こる病気について

2004.09.26 放送より

 ことわざで天高く馬肥ゆる秋といいますので,今日は食欲とその異常で起こる病気についてお話しいたします.そもそも食欲は,食欲以外にも睡眠や覚醒のリズム,体温調節,性欲など生きてゆくのに必要な自律神経の総本山ともいえる高次中枢が存在している脳内の視床下部という部分にある摂食中枢と満腹中枢によってコントロールされております.この2つの中枢は相反的に働き,そのバランスによって食欲は調節されていると考えられております.

 それではまずこの食欲の調節機構からお話しいたします.食欲とはご飯を食べたいという欲求ですが,これを起こさせるのは視床下部の外側にある摂食中枢です.これに対して腹内側にある満腹中枢が刺激されますとお腹がいっぱいと感じご飯を食べたくなくなります.この2つの中枢を刺激するのは,胃や腸にあり内容物の有無や消化管の運動などに反応する機械受容体,それからブドウ糖やケトン体などの代謝物質,インスリン,グルカゴンなどの各種ホルモン,コレシストキニン,ガストリン放出ペプチドなどの脳・腸管ペプチドそれにセロトニンやドパミンなどの神経伝達物質などいろいろな物質に反応するさまざまな化学受容体があります.

 例えば脳内のブドウ糖濃度が低下して低血糖になったり腸管内が空になると食欲が出てきて,逆にブドウ糖濃度が上昇したり,腸管内にものが貯まったりすると食欲は抑えられます.またケトン体,インスリン,ドパミンなどは食欲を亢進させ,グルカゴン,コレシストキニン,ヒスタミン,セロトニン,各種炎症性サイトカインなどは食欲を抑えます.ストレスがかかると食事量が増えるのはドパミンの分泌過剰やセロトニンの分泌抑制によるものと考えられ,感染症や炎症の際の食欲低下はヒスタミンや各種サイトカイン(TNF,IL-1,IL-6など)の分泌のためと思われます.

 さらに近年,これらに加えてレプチンという物質が注目されています.レプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンで,満腹中枢に働き食欲を低下させることが分かってきました.このレプチンを分泌しているのは,脂肪細胞の中でも皮下脂肪となる白色脂肪細胞であります.もう一方の褐色脂肪細胞が余剰なカロリーを内臓脂肪として蓄え必要な時に燃焼して体温の維持に関わっていると考えられているのに対して,白色脂肪細胞は皮下脂肪として蓄積されなかなか取れにくく,単なる過剰なエネルギーの蓄積場所と考えられておりました.ところがこのレプチンの発見を契機に脂肪細胞は食欲のコントロールにフィードバックをかけていたり,インスリンの抵抗性に関与していることが分かってまいりました.

 さてそれでは,次に食欲の異常についてお話しいたします.まず食欲が低下する疾患ですが,脳腫瘍,脳炎,脳血管障害などによる食欲中枢の異常,下垂体,甲状腺,副腎などの機能低下症,各種胃腸疾患,膵炎,肝障害,尿毒症,肺気腫や喘息などの呼吸器疾患,心不全,各種血液疾患,感染症,薬の副作用,うつ病や統合失調症などの精神疾患に合併などのほか有名なのが神経性に起こる拒食症であります.

 拒食症は,思春期の女性に多い疾患で,真面目で内向的な人に多いと言われています.誰かに少しやせた方がよいなどといわれたり,ちょっとしたことがきっかけとなり,始めは少しダイエットするため夕食をひかえるくらいであったものが,食欲を余りに我慢していると空腹感を感じられなくなり,さらには食欲をコントロールする中枢のバランスが崩れてしまい食べようと思っても食べられなくなります.だいたい標準体重の15-20%体重が減少し,やせていても体重が増えることを気にするばかりか極端にやせていてもやせていると認めなくなります.女性では生理も止まってしまうことが多く,重症化すると心不全も併発し亡くなることもあります.治療は精神的なカウンセリングが重要になります.

 次に今度は食欲の過剰ですが,これは脳内病変による摂食中枢の刺激あるいは満腹中枢の障害でおこるほか,器質的な疾患としては糖尿病,バセドウ病に代表される甲状腺機能亢進症,インスリン産生腫瘍などがあり,ステロイドホルモンや抗うつ薬などの薬剤服用時や月経前症候群,パニック障害やうつ病などに合併してみられたり,神経性に起こる過食症もあります.また拒食症に過食発作としてみられることもあり,この過食発作は食べずにいられないという強い衝動により無茶食いをしますが,一方では体型や体重を気にして太らないよう食後に自ら吐いたり,下剤や利尿剤を使ったりします.そこで拒食症と過食症を合わせて摂食障害といいますが,一般に神経性の過食症がみられる人は拒食症だけの人よりも人格障害の合併が高いと言われています.

 以上,今回は食欲とその異常で起こる摂食障害についてお話いたしましたが,過ぎたるは及ばざるがごとしで,食べ過ぎに注意するとともに余り気にしすぎも考え物ですから,何事もほどほどにということで宜しくお願いいたします.

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