55歳男性にみられた震えについて

2004.09.22 放送より

 お手紙拝見いたしました.手紙の内容は,55歳の男性の方が,ここ1,2年前から人前で字を書いたりする時に限って緊張して震えて字が書けなくなるので何か怖い病気の前兆ではないかと心配されているとのことです.そして何科の病院へ行けばよいかというご質問です.

 この方は手の震えでお悩みのようです.震えのことを医学用語で振戦といいます.振戦は,例えば手を曲げる筋肉とそれに拮抗して伸ばす筋肉が本人の意志とは無関係(=不随意運動)に交互に収縮と弛緩を繰り返して律動的に動いてしまうことをいいます.この振戦にはいろいろあって,例えばこの方のように字を書いたり,コップに水を入れて飲もうとする時などある一定の姿勢を保とうとすると起こるもの(=姿勢振戦)や座った時に膝の上に手を置いたりした時などじっとしている時にみられるもの(=安静時振戦)などがあります.

 そして震えの病気として有名でこの過去の放送でも何度か取り上げたパーキンソン病でみられる振戦は後者の安静時振戦がより特徴的だといわれています.それに対してこの方の振戦はどうやら姿勢振戦のようですが,実はこの姿勢振戦は生理的振戦といいまして,多少なりとも誰にでも見られるものなのです.緊張すると誰しも震える傾向にありますので例えば私など講演会で発表する時,レーザーポインターを使って言いたいポイントを指し示す時にはレーザーの先がよく振るえてしまいます.すなわちこの振戦は,健常な人でも緊張,不安感,ストレス,疲労などによって誘発されるほか,バセドウ病のような甲状腺機能亢進症などの病気,エフェドリン,カフェイン,アルコールなどの薬物による影響などによっても見られます.

 さらに本態性振戦といいまして原因は未だ分かっていないのですが,震えが病的に増強している状態があります.例えば人前で字を書こうとすると振るえて書けない,着替えをする時ボタンにかけた手が振るえて上手くボタンをかけられない,コップで水を飲もうとすると振るえて上手く水をコップに入れられないばかりか手に持ったコップが揺れて折角入れた水をこぼしてしまう,さらに振るえるのは手や足だけでなく話をする時に声が震えたり,熱中してTVを見ていると首が横に振るえたりして日常的に不便を感じてしまいます.この方の場合,この姿勢振戦が病的に亢進した本態性振戦にかかられているのではないかと思われます.

 本態性振戦は,日本人全体の約2%前後にみられるといわれていますから,約1000人に1人といわれているパーキンソン病より実は多いのです.パーキンソン病の場合中年以降に発症される方が多いのですが,この病気は中年以降にみられるのは勿論のこと若い人にも見られ,さらに約半数の方が家族性で常染色体優性遺伝の遺伝型を呈するといわれています.パーキンソン病ではじっとしている時に使っていない手足が振るえる安静時振戦以外に筋固縮といって手足や胴体が硬くなったり,無動といって動作がゆっくりとなり時間がかかったり動作自体が小さくなったりします.

 さらに進行するとすくみがでたり,身体のバランスを保つことができなくなり転びやすくなるなど振るえよりもむしろ身体が動きにくくなることで不自由となってゆきます.これに対して本態性振戦は手(指),首(頭),声などの震えだけであり,食事をしたり服を着たりすることに不自由を感じることはあっても進行により身体が動きにくくなって寝たきりになるというような恐れはありません.このように本態性振戦は生理的な振戦の延長上にあり,少し度が過ぎているような性格の病気ですから,直接命に関わるようなものではありません.

 従いまして治療が必要かどうかはその方のQOLがいかに損なわれているかにかかっていますので治療を始める時期は個人個人で違います.その治療ですが,薬物療法としてはβブロッカーといって狭心症や不整脈の薬が保健適応になっています.ただしこの薬は高齢の方に使用する場合は,徐脈,低血圧,心不全や抑うつ状態などの副作用に気をつける必要があります.またリラックスさせるという意味でマイナートランキライザーを使用することもあります.少量の飲酒もそういった意味では有効ですが,頼りすぎてアルコール依存症となると最初にも申しましたように切れた時の離断症状として震えが見られるようになりますのでお勧めできません.薬物療法以外では,日常生活における工夫も有用で,例えば字を書く時にフェルトペンなどを使用すると字の乱れが軽減されるようです.さらに最近,重症例ではペースメーカー電極を利用した大脳深部電気刺激法も保健の適応になっております.

 以上,本態性振戦について説明して参りましたが,実はこの病気に似ていて非なるものとして書痙(字を書いたりワープロを打とうとしたりすると手がある一定の形をとって痙攣性にこわばって振るえて動かなくなる)なども考えられなくはないため,1度神経内科で診てもらうことをお勧めいたします.

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