筋肉の萎縮をきたす疾患について

2010.07.10 放送より

 今回は筋肉が痩せてゆく病気についてお話しいたします.そもそも筋肉は骨格筋と内臓筋に分けることが出来ます.このうち骨格筋は,運動神経の支配によって支配されており,意識して収縮させることができ,骨や関節などに付着して体を支えたり手足を動かしたりする時に用いられます.これに対して内臓筋にはさらに平滑筋と心筋があり,平滑筋は食道,胃,腸,膀胱などの内臓や血管などの筋肉であり,自律神経によって支配されております.今日はこれらの筋肉のうち自分の意志で自由に動かすことの出来る骨格筋の筋萎縮をきたす疾患について取り上げてみます.

 はじめに骨格筋の構造について簡単にお話いたしますと,骨格筋にはアクチンとミオシンという2つの線維が規則正しく並んでおり,横紋という構造を取っております.筋肉は運動神経と筋肉の接合部にあるアセチルコリン受容体という部分に運動神経からの刺激伝達物質であるアセチルコリンが届くことによって興奮し,この2つの線維が反応して筋収縮が起こります.また筋肉は運動神経からある種の栄養を受け取っていると考えられております.従いまして筋肉が痩せてくる原因としては,廃用性筋萎縮と言って筋肉を動かせない状態が生じて2次的に筋肉が痩せてくる場合を除くと大きく分けて運動神経が悪い場合と筋肉自体が悪い場合の2つに分けられます.

 それではまずは神経が悪くて筋肉が萎縮 (=神経原性筋萎縮)する疾患についてお話しいたします.この場合,神経とは運動神経のことであり,さらに運動神経には上位ニューロンといって大脳から脊髄まで降りてくる中枢神経に属するものと脊髄から始まって筋肉に終わる下位ニューロンがありますが,その下位ニューロンの障害によって筋萎縮が起こると言われております.下位運動ニューロンが障害される疾患としましては,神経変性疾患の中の筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄性筋萎縮症,神経免疫疾患の中のギランバレー症候群と慢性炎症性脱髄性多発根神経炎,感染症としてはポリオ,頸椎ヘルニアや後縦靱帯骨化症など脊髄や神経根を機械的に圧迫する疾患,遺伝性変性性末梢神経障害,それから糖尿病,膠原病,代謝障害(ビタミンB群欠乏),中毒など多くの末梢神経が障害される病気があります.それらの中で1番問題になるのは,やはりALSに代表される運動ニューロン疾患であります.ALSは原因不明で運動神経が上位も下位も障害され,わずか数年のうちに全身性に筋萎縮をきたす難病中の難病であります.また脊髄性筋萎縮症はALSと違って下位運動ニューロンのみが障害される疾患で,こちらは足から筋萎縮が始まりますが,進行はゆっくりであり,10年20年と長い経過をたどります.それから自分で自分の神経に対して自己抗体を作ることによる末梢神経障害によって筋萎縮をきたす疾患には,有名なギランバレー症候群があります.これは約半数例で発症の1-2週間前に感染症の既往があり,それが治りかけた頃に四肢の麻痺が始まる疾患です.すなわち感染症を治すために作った抗体が自分の末梢神経を攻撃して急性の障害をきたすもので,発症後2週間もしてその抗体が自然に無くなる頃には回復に向かうのですが,筋萎縮を最小限に食い止めるため免疫グロブリン大量療法を早期に行うと著効することが知られております.そしてその慢性型とも言うべき疾患が慢性炎症性脱髄性多発根神経炎であります.この病気は治療できる病気としてALSの診断の際に鑑別が重要となります.

 次に筋肉自体が悪くて筋肉が痩せる(=筋原性筋萎縮)疾患(ミオパチーと総称)についてお話いたします.これらは,神経原性筋萎縮に比べると少ないのですが,有名な筋ジストロフィーを始め,膠原病の1種である多発性筋炎などがあります.はじめに筋ジストロフィーですが,これは遺伝子異常によって筋線維の破壊・変性(筋壊死)と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく疾患の総称であります.遺伝型,発症年齢,臨床的経過などからいろいろな病型に分類されております.この中で最も有名なのはデュシェンヌ型で,これはジストロフィンという蛋白の異常によって男の子に起こり,歩き始めてから歩き方がおかしかったり,よく転んだりして気づかれます.その後も進行して全身に筋萎縮がおよび20歳前には呼吸も出来なくなるという大変重篤な病気です.これ以外にも肢体型といわれる型や徳島で見つかった三好型といわれる型もあります.それから多発性筋炎は膠原病の1種であり,筋肉に対する自己抗体により筋肉に炎症を起こして筋萎縮が進行してゆきます.治療にはステロイドホルモンを用います.

 このように筋萎縮をきたす疾患には数多くの病気があり,頸椎症のように一般的な物もあれば中にはALSのように重篤なものもあります.鑑別診断には専門的な知識が必要ですから,神経内科を受診されることをお勧めいたします.

 

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