脊髄小脳変性症について

2011.02.27 放送より

  これまで神経難病の中でも神経変性疾患に属する筋萎縮性側索硬化症やパーキンソン病についてお話ししてまいりましたが,今回は脊髄小脳変性症についてお話しいたします.筋萎縮性側索硬化症(ALS)が運動神経,パーキンソン病が錐体外路という神経系にそれぞれ障害をきたしているのに対して,この病気は,主に小脳に障害を起こしております.そこでこの病気をお話しする前に,まずは小脳について説明したいと思います.

 小脳は,大脳の後下方に位置しており,その重さは120-140gと脳全体の約10%を占めております.小脳には左右の小脳半球と真ん中(正中部)の小脳虫部という部分があり,中脳,橋,延髄といった脳幹と線維連絡があります.小脳は機能的に古小脳,旧小脳,新小脳という3つの部分に分けられます.このうち,古小脳は前庭小脳とも呼ばれ,小脳虫部のすぐ横の部分で,内耳にある三半規管や橋にある前庭神経と密接な関係があり,体の平衡感覚や眼球運動の調節に関わっております.

それから旧小脳は脊髄小脳とも呼ばれ,小脳虫部および小脳半球の中間部分がこれに属します.この部分の働きは体幹と四肢の運動の制御であり,三叉神経,視覚,聴覚,脊髄後索といった部分から情報を受け取っており,身体が空間的にどのような位置関係にあるかを認知して身体が運動中にどのように動くか予測し,筋肉の緊張に関わったりしております.

また新小脳は大脳小脳とも呼ばれ,小脳半球の側面部分で,この部分は,人では大きく発達して,運動に関して習得した技術を記憶し,運動を計画します.すなわちこの部分のおかげで上手にスポーツができたり,器用に作業をこなしたりすることが出来ます.

 それでは脊髄小脳変性症の症状からお話しいたしますが,実はこの疾患は,ALSやパーキンソン病とは違って単一の疾患ではありません.すなわちまずは小脳だけが障害されるものと小脳に加えて錐体外路,自律神経系,脊髄など多くの系統が障害されるものに大きく分かれ,そしてそのそれぞれに家族性のものと非家族性のもの(弧発性)とがあります.

家族性のものはもちろん遺伝子異常が病因となっていますが,遺伝型が優性遺伝のものが多く,その結果,家族性のものがこの病気の約30-40%を占めるといわれております.そして2009年までに全部で31型の型が報告されており,中年以降に発症することが多く,有病率は人口10万人当たり約5-6人と言われております.

さてその症状ですが,まずは小脳の障害により小脳失調という状態が徐々に進行いたします.具体的には,呂律が回りにくく言葉が不明瞭になる,飲み込みが下手になる,手先の器用さが失われ食事をよくこぼしたり,字が下手になる,ボタンがけなどしにくくなり服を着たり脱いだりしにくくなるなどそれまで出来ていたことが出来なくなっていきます.これは巧緻運動障害といって主に小脳半球の障害によるものです.

また測定障害といって手を思った場所までうまく持って行きにくくなったりするほか,起立や歩行が障害されてきます.これは,筋力低下によるものではなく平衡機能障害によるもので,よくふらついて転びやすくなります.これを予防しようとして少し股を開き気味にして重心を下げて起立歩行されるのが特徴です.これらの小脳症状の進行はゆっくりであり,小脳型では10年,20年とゆっくりとした経過をたどります.

次に小脳以外の症状ですが,小脳だけの障害だけでは筋肉の緊張は低下するのですが,これに錐体路の障害が加わると筋の緊張が高まり,手足が突っ張って動きにくくなります(痙性麻痺).特に両足に強い痙性麻痺が起こるものは痙性対麻痺という特別な型とされています.また錐体外路系に障害が起こるとパーキンソン症状が加わってきたり,舞踏病やアテトーゼ,ミオクローヌスといったさまざまな不随意運動が見られます.それから自律神経障害では起立性低血圧や排尿排便障害などが見られます.

このような多系統の障害される型のうち弧発性のものは多系統萎縮症として脊髄小脳変性症から切り離されて特定疾患として認定されるようになっております.そしてそのような型では無動や自律神経障害のため5-10年で寝たきりとなり,さらに食事の嚥下も出来なくなるなどADLの低下が早く起こります.

 この病気の治療としては,薬剤ではTRHという脳内の神経伝達物質が歩行障害に少し効くと言われている以外には,自律神経障害などに対する対症療法としての薬くらいしかありません.それ以外には磁気刺激という方法が試されておりますが,まだ一般的ではなく,今のところリハビリテーションによってADLの維持・改善を図るのが1番確実な治療ではないかと思われます.

小脳失調の症状は,呂律が回らないとか千鳥足のようになるとかお酒に酔ったような状態にたとえられることがあります.これはアルコールを始め抗てんかん薬など各種薬物が小脳を障害しやすいためであります.このような状態が絶えず続く時は,小脳障害が疑われますので1度受診してみて下さい.

 

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