甲状腺と神経疾患について

2012.04.28 放送より

 今日は身体の新陳代謝を促すホルモンを産生しているため全身に影響を与える臓器といえる甲状腺に関係した神経疾患についてお話しします.

 そもそも甲状腺は頸の前部にあって真ん中の部分が狭く左右にH型に広がりちょうど蝶が翅を広げたような形をした長さ数cm薄さ約1cm重さ15-20g程度の薄い臓器であります.そして下垂体によって刺激され甲状腺ホルモンを作っています.

 甲状腺ホルモンは全身の細胞の代謝を活発にさせる働きをしております.このため自律神経を刺激して体温を調節したり,心臓や消化管など内臓の働きを調節したり,あるいは筋の緊張などにも影響を与えております.また新生児期には脳の発育や成長にも大きく関わっております.このように身体の活動や発達・成長に大きく影響を与えるホルモンでありますから,その分泌が多すぎても少なすぎても神経系に異常をきたすことになります.そこで甲状腺の異常に伴う神経疾患を甲状線機能亢進症と機能低下症に分けて説明していきます.

 まず始めに甲状線機能亢進症ですが,これをきたす疾患としてはバセドウ病が有名であります.この病気は,甲状腺が腫れていて代謝が活発化した結果,脈拍の増加,血圧の上昇,体温の上昇,発汗の増加,体重減少(食欲は亢進),下痢などに加えて,精神の高揚や眼球突出なども見られます.そして神経症状としては,手の振るえ,複視,甲状腺中毒性ミオパチー,周期性四肢麻痺の合併などがあります.

 これらの中でもよく見られるのは手の振るえ(振戦)であります.この場合の振戦は,パーキンソン病でみられる安静時の振戦とは異なり,本態性振戦と同様なより細かくて速い姿勢振戦であります.このためにコップを持つ手が振るえたり,字を書こうとして手が振るえたりしてうまく動作が出来なくなります.この振戦は甲状腺ホルモンを正常化させることで良くなります.次に複視ですが,これは眼球を動かす筋肉に炎症が起こることによって外眼筋麻痺が生じ,眼球の動きを細かく調節できなくなる結果,起こると言われています.この場合は,早く見つけて治療しないと複視が残ってしまうこともあります.

 それから甲状腺中毒性ミオパチーですが,これは身体の胴体に近い部分の筋肉である近位筋に優位に筋力低下をきたします.また気持ちが空回りして身体が疲れているのに動こうとするため易疲労感や脱力感が強まります.また時には筋肉痛をきたすこともあります.このミオパチーでは一般には筋肉が壊れた時に上昇する酵素であるCK(=クレアチンキナーゼ)が上がらないため診断が難しいことがあります.それから暴飲暴食など糖質の過剰摂取をした後に,血清K(カリウム)が下がって発作的に近位筋優位に左右対称性に筋力低下をきたす低カリウム性周期性四肢麻痺という病気がありますが,この病気の男性の中には甲状線機能亢進症があり,甲状腺ホルモンにより細胞質内へのKの取り込みが亢進して血清Kが低下しやすくなり発作を繰り返す例があります.

 それ以外にもバセドウ病は,血液中の自己抗体が甲状腺を刺激して起こる自己免疫性疾患の1つでありますから,同じく自己免疫性疾患である重症筋無力症(これは神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対して自己抗体が産生され,そのため易疲労性と筋力低下をきたす疾患)を併発することもあります.

 次に甲状腺機能低下症に伴う神経障害についてお話しします.この場合は,甲状腺ホルモンの不足により,全身がエネルギーを利用しにくくなり身体機能が低下します.特に影響が大きいのは神経系や心臓などで,バセドウ病とは反対で低体温,発汗の低下,体重増加,便秘,皮下に粘液状の物質が沈着して指で押しても痕を残さない浮腫(粘液水腫)をきたします.また精神活動は低下して,うつ病と間違われたり仮性痴呆を呈することがあります.

 甲状腺機能低下をきたす疾患では,成人では慢性甲状腺炎が最も多いようです.この状態は徐々に進行して気付かれないでいるとけいれん,幻覚,認知症さらには意識障害(粘液水腫様昏睡)をきたすこともあります.また甲状腺機能低下でもミオパチーをきたしますが,こちらは筋力低下に加えて有痛性の筋硬直や筋膨隆現象(筋肉をハンマーで叩くと盛り上がる)が見られ,CKも上昇します.また粘液状の物質が蓄積することにより手根管症候群(正中神経が障害されて親指がうずいたり力が入りにくくなる)など単神経障害を引き起こすこともありますし,多発神経障害をきたして四肢末梢優位の感覚低下や筋力低下が見られることもあります.このほか新生児期に甲状腺ホルモンが不足するとクレチン病といいまして精神・身体ともに発達が大きく遅れることがあります.

 甲状腺ホルモンは,全身に作用しますので症状が多彩であるほか,健診や人間ドックなどでも調べることが少ないようで,盲点となることも多く,特に高齢者では認知症やうつ状態の時には,機能異常を見落とさないよう検査をしてもらって下さい.

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