神経内科の名称変更について

2018.05.27 放送より

 実は神経内科には日本神経学会という全国的な学会組織がありまして,そこで神経内科医の研修病院の指定,専門医の認定,パーキンソン病をはじめとした各種神経疾患の治療指針の制定などを行っております.その日本神経学会(Japanese Society of Neurology)におきましてこのたび神経内科という標榜科の呼称を脳神経内科に改めましょうという決定がなされました.

 そもそも神経内科は,1963年9月1日に九州大学に神経疾患を診療する内科講座が設立された時に,名づけられた名称です.この神経内科という言葉は脳神経などの臓器を研究する学問であるNeurologyという英語の日本語訳である神経学にその内科部門ということで内科をくっつけ神経内科と命名されました.同じように脳神経などを外科的に診療する科が脳神経外科とされているのに対して,脳=Brain,神経=Neuronということで英語をより忠実に訳したため「脳」がつかなかったものと思われます.

 一方,神経学の研究の歴史は,1902年に(旧)日本神経学会(Japanese Society of Neurology)が三浦謹之助と呉秀三の内科系医師により創設されたところまで遡ります.この学会はその後内科医だけではなく精神科医も加わって1935年に日本精神神経学会(Japanese Society of Psychiatry and Neurology)と改称されました.しかし1960年には内科系の医師を中心に現在の日本神経学会(Japanese Society of Neurology)が新たに創設され,Psychiatry=精神科を取って日本精神神経学会から分離独立いたしました.ここで問題となりましたのは,日本精神神経学会の名称の方は変わらずに,学会名の中に神経(Neurology)という言葉が残ったことであります.このため精神科は,精神科と標榜したり精神神経科あるいは神経科と名乗ることがあって,神経内科との区別が素人目にはまだまだ分かりにくいと言われることが多々ありましてこの度の神経内科から脳神経内科という標榜科の呼称の変更になりました.

 さてそれでは,脳神経内科について改めてどういう診療科であるか説明させていただきます.まず紛らわしい診療科としては先ほどお話ししました精神科,精神神経科,神経科があります.これらの科は精神科の仲間であり,おもに気分の変化による疾患(抑うつ,双極性障害,神経症)や統合失調症のような疾患を診療する科であります.これらの疾患の場合,その気持ちや症状をいかに解釈して理解してあげるかということから診療が始まりますので,多くの場合で頭部MRIなどの画像検査や脳波などの生理検査でも異常が見つからず,病変がどこに局在するかはっきりしないことが多いようです.また最近では,心療内科という言葉をよく耳にされると思います.この診療科は,病(やまい)は気からともいうように精神的な問題がもとで体に異常をきたしたような病気を扱う科で,精神科と内科の両面から病気を治してゆこうというものです.この科で扱う疾患には,高血圧や胃潰瘍を始め,一般的な内科疾患も数多く含まれます.

 これに対しまして神経内科は脳や脊髄,末梢神経,筋肉などの全身の病気をみる内科です.手足がやせたり力が入りにくい,手足の感覚がおかしい,頭が痛い,物が2重に見える,手や顔がぴくつく,歩行時にふらつく,しゃべりにくかったり飲み込みにくい,考えたり覚えたりすることが苦手になったなど非常にさまざまな症状に対して,脳や神経のどの部分が関与してそのような症状が出ているのかまず診断(責任病巣の神経局在診断)を行い,それがどのような病気で起こっているのか鑑別してゆきます.日本神経学会では,脳神経内科で取り扱うメジャーなcommon diseaseとして脳血管障害,頭痛,てんかん,認知症の4つを上げておりますが,これ以外にも糖尿病や膠原病など数多くの内科疾患に併発する末梢神経障害や整形外科でもよく診療されている頸椎症,耳鼻科とも関連の深いめまい症,それから私の専門である神経変性疾患など非常に数多くの疾患を取り扱っており,全身をみる非常に守備範囲の広い診療科であります.とくに神経変性疾患には筋萎縮性側索硬化症や脊髄小脳変性症といったよい治療法がなく他の診療科ではなかなか相手にしてもらいにくい疾患に加えて,人口の高齢化に伴い近年ますます有病率の高まっているパーキンソン病やアルツハイマー型認知症なども含まれております.これらのうちで特に認知症は,易怒性や幻覚妄想など精神症状に基づく問題行動が主症状となれば精神科のお世話にならざるを得ないことにもなりますが,今後,画像や生化学的な指標などを駆使して早期発見が可能となり,かつ病因の究明により進行抑制を可能とするような薬剤が開発されれば,脳神経内科の担う役割がより増えてゆくものと期待されております.

 神経内科という名称に慣れていた私としましては,脳神経内科と名乗ることには多少違和感がありますが,全身をみるということでは何ら変わりはなく,内科を始め各診療科では不可解な症状とされ,治療の対象とされない患者さんの最後の砦をめざして引き続き診療してまいりますので,よろしくお願い申し上げます.

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