正常圧水頭症について

2003.03.30 放送より

 お葉書拝見させていただきました.その内容をまとめさせていただきますと、82歳のお母様が財布をどこにおいたか分からないなど物忘れがひどくて困っているとのことで、痴呆か何かほかの脳の障害でないかと心配されているようです.そして何か良い治療法がないかとのご相談のようです.要するにお母様の記憶障害が痴呆の症状の1部であるのかどうかだと思います.

 そもそも記憶には、新しい情報を脳裏に刻み込む(記銘)、記銘したものを心の中で持ち続ける(保持)、保持されたものを再び思い出す(想起)の以上3つの要素から成り立っています.この方の場合、さっきおいた財布がどこにあるか分からないということなのでいわゆる記銘力障害に相当する状態だと思われます.人間特に覚えようと意識していなければ、恐らく20秒もすれば電話番号など忘れてしまうものです.


 しかし財布のような大事なものは、当然置き場所を記憶しようと努めるはずですから、覚えきれないのだと思います.これは、記憶機構の障害で起こるもので、具体的には大脳の側頭葉という場所の1部分である海馬およびその周囲の辺縁系という場所の神経細胞の障害で起こります.この障害は、アルツハイマー病など代表的な痴呆症や脳炎など脳の器質的な疾患でも起こりますが、加齢に伴う脳の変化としても起こります.海馬の錐体細胞の脱落は10年に3-5%といわれており、80歳ともなると若年者に比較すると約20-30%の細胞が脱落していることになります.すなわち物忘れは、誰にでも起こりうることなのでこの方の場合、知能や人格に問題がなくほかに片麻痺などの神経症状がなければ生理的なものでないでしょうか.

 さて今回のお葉書の中でもう1つのご質問は、痴呆の治療についてですが、(この方の場合は痴呆といいがたいようですが)、治療可能な痴呆としていくつか疾患が知られております.
今日はその中の1つである正常圧水頭症についてお話しします.

 まず水頭症というのは髄液が過剰に産生されたり、その吸収が阻害されたり、あるいはその循環路のどこかで閉塞が起こり、その結果、髄液が頭の中に余分に溜まってしまい脳室が拡大し、脳実質が萎縮してしまう疾患です.髄液腔は全部で約150mlであるのに対し、髄液の産生量は1日あたり約500mlですから、通常、髄液は1日に約3回入れ替わっています.それで循環路のどこかで閉塞が起こりますと、非交通性水頭症をきたします.この病気は胎児や小児期の成長途中の障害で起こることが多いようです.それに対して、髄液は側脳室の脈絡叢という場所で主に産生され、脳と脊髄の表面のくも膜下腔という部分で吸収されますが、この産生と吸収のアンバランスから生じるのが交通性水頭症で、くも膜下出血、頭部外傷、髄膜炎などの後にみられる続発性正常圧水頭症(こちらが正常圧水頭症の約90%を占める)や原因不明でみられる突発性正常圧水頭症もあります.

 正常圧水頭症の症状は、痴呆、歩行障害、失禁が3大主徴ですから、老化に伴いよく見られる症状に一致しており、老化とこの疾患を区別することは重要です.頻度的には突発性正常圧水頭症は70歳以下の痴呆患者さんの5-6%にみられ、50歳代後半から60歳代後半にピ-クがあるといわれています.また続発性のものの中では脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血後に生ずるものが多く、くも膜下出血患者の1/3から1/4に見られるといわれております.

 診断は、症状に加え、脳のCTやMRIで脳室の拡大があり、腰椎からの髄液穿刺で測定した脳脊髄液の圧が正常であることや他の痴呆をきたす疾患などを除外することなどによってなされます.このうち症状では、痴呆がやはり1番目立ちますが、発病初期には物忘れ(記銘力障害)は軽度で、自発性や意欲の低下、周囲に対する無関心や日常動作の緩慢などの精神機能障害などが目立ちます.歩行障害としては、歩行が不安定となり小刻み歩行などが見られます.病気が進行してくると見当識障害や失語などの高次脳機能障害や尿失禁などもみられてきます.

 治療としては、脳室から腹腔などにチューブを通し、余分な髄液を排出させるシャント手術が行われ、早期に行うことが出来ると、特に続発性のものなどでは劇的に症状が改善することが知られております.これに対して一方、突発性のものでは有効率は約半分といわれて成績が悪いようですが、これにはアルツハイマー病や脳血管性痴呆などが区別できずに含まれている可能性があります.シャント手術の合併症としては術後の慢性硬膜下血腫(0-30%)、シャント機能不全(10-20%)、けいれん(5-10%)、感染症(5%)などがあります.いずれにしてもシャント術が20-30%あり、治せる痴呆の代表的疾患の1つですので見逃されないようこの病気を念頭に置いておくことが大切です.

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