脳炎について

2005.06.27 放送より

 一年中で今の時期にしか起こらない病気に日本脳炎があります.今日はその日本脳炎を中心に各種脳炎についてお話しいたします.

 まず脳炎には1次性脳炎といいまして脳に直接ウイルスなどの病原体が感染して発症するもの(日本脳炎,単純ヘルペス脳炎など),2次性脳炎といいまして脳以外の臓器がまず感染し,そこから全身に感染が拡がり脳炎をきたすもの(麻疹,流行性耳下腺炎,風疹など),それからウイルスに感染して何年もたってから脳障害を起こす遅発性ウイルス脳炎(麻疹の後に起こる亜急性硬化性全脳炎ほか)などがあります.

 それではまずもっとも有名な日本脳炎からお話しいたします.日本脳炎は日本脳炎ウイルスによって引き起こされます.日本脳炎ウイルスはフラビウイルスというウイルスの中の1つで,日本などの温帯地方では水田などで発生するコガタアカイエカなどにヒトが吸血されることによって感染します.このコガタアカイエカは単なる媒介動物で,またヒトも血中で検出されるウイルス量はごく少なく終末宿主とされるため(発症した人も含めて人にうつしません),ウイルスの増幅動物となっていると考えられているのはブタであります.

 すなわちブタの血液中で増殖された日本脳炎ウイルスが,水田などで発生したコガタアカイエカによって運ばれてヒトに感染し発症するので,日本では7月から8月にかけての丁度今の季節が流行時期となるわけです.ウイルスは始め刺された局所で増殖し,ついで血流を介して中枢神経に侵入して発症します.潜伏期間は大体5~15日間といわれていますが,感染しても発症する率は100~1000人あるいは300~3000人に1人といわれ,不顕性感染がほとんどです.

 年間発症数は日本では1996年の2017人をピークに最近はずっと10人以下が続いております.老人や小さなお子様など免疫能の低い人が要注意です.またアジア全体をみれば約4万人が発症し,その内の約1万人が亡くなり,約1万人に重篤な後遺症を残しており,まだまだ怖い病気です.

 多くは頭痛と38から40℃の発熱で発症しますが,時に食欲不振,腹痛,下痢などの消化器症状で起こることもあります.この時期が数日間続いた後,急激にうわごとを言ったり興奮したりする意識障害,光線過敏,項部硬直,脳神経麻痺や手足の麻痺,振戦などさまざまな不随意運動といった髄膜炎や脳炎の症状が見られるようになります.また小児ではけいれんを起こしやすいといわれています.

 大体6日目あたりより解熱し始め,10~14日間で回復します.しかし高熱が長く続くと重篤化してゆき,老人などを中心に約1/3は昏睡となり死に至るといわれています.また回復した例でも約半数にパーキンソン症状,麻痺,けいれん,精神障害など後遺症を残すといわれています.診断は髄液中のIgMウイルス抗体価が有用ですが,流行時期に今のような症状を認めたらまず疑ってかかることが必要です.治療としては特異的なものはなく,解熱剤,抗てんかん剤,脳圧を下げる薬と対症療法だけしかありません.また近年は副作用の問題から予防接種もひかえる動きがあります.

 次に単純ヘルペス脳炎についてお話しいたします.ヘルペス脳炎を引き起こすウイルスは単純ヘルペスウイルスの1型であり,これは通常,単純性疱疹といって皮膚や粘膜に感染し口内炎などを起こします.ところがこのウイルスは脳炎をまた起こし,急性ウイルス性脳炎の中では最も高頻度で,10~20%を占めます.またどの年代にも起こりますが,中でも30歳以下の人に多く見られます.潜伏期は平均6日といわれ,突然40℃以上の高熱で発症し,口内炎などの皮膚粘膜症状の合併は10%以下と少ないようです.

 1度感染していたウイルスが再活性化して神経行性に中枢神経に達し,側頭葉や大脳辺縁系を好発部位として侵し,その結果頭痛やけいれんなどに加え,記憶障害,言語障害,人格変化,幻視,片麻痺などの巣症状をきたします.治療には抗ウイルス剤が有効で,致死率は減りましたが,脳を破壊して意識障害が遷延したり,性格変化,言語障害,記憶障害,運動障害にてんかんとさまざまな後遺症を残します.

 それから遅発性ウイルス脳炎に属するものとしては,麻疹に罹患して治ったはずが神経系にウイルスが潜伏していて数年から数十年後に行動異常,不随意運動などで発症し,けいれんや認知症をきたし,さらには植物状態となって死に至る亜急性硬化性全脳炎や癌,白血病,リンパ腫などの治療により免疫力が低下してパポバウイルスが日和見感染的に脳に感染し約6ヶ月で死に至る進行性多巣性白質脳症などがあります.

 以上,今日は日本脳炎を中心に脳炎のお話をいたしましたが,免疫力を落とさないためにも夏の暑い季節は夜更かしなどで余り無理をせず,体力をつけて乗り切ってゆきたいものです.

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