筋萎縮性側索硬化症(ALS)について

2005.05.11 放送より

 前回,神経難病についてお話しいたしましたが,早速何人かの方よりもう少し詳しく話をするようにとご要望がありました.そして本日6月5日は神経難病の中でも特に難病中の難病といえる筋萎縮性側索硬化症いわゆるALSの友の会の総会開催の日でありますので,今回はこの病気について詳しくお話ししたいと存じます.

 ALSはご存じの方もおられるかと思いますが,ルーゲーリック病ともいわれます.ルーゲーリック選手は1930年代のニューヨークヤンキースの4番バッターの1塁手で,通算打率が.341,ホームランが494本というものすごい選手でした.そして彼を更に有名にしたのは,Iron horseといわれ,約16年かけて通算2130試合連続出場の記録を打ち立てたことでした.

 この記録は1995年に破られるまで実に56年も続きました.さらに驚くことは,彼は親指を始め体のあちこちに計17カ所も骨折していながらこの記録を打ち立てたということと,1938年のシーズンに打率3割を切り,翌1939年5月2日で連続出場の記録がとぎれたのですが,その時にはもうこの不治の病に冒されその為にプレーが出来なくなったということです.

 彼は現役を引退してから障害のある青少年を対象に講演などして社会奉仕活動を行いましたが,記録がとぎれてからわずか2年後の1941年の6月2日に亡くなられております.骨折の痛みにさえ耐えられるほど肉体的にも精神的にもタフであった彼を持ってしても打ち勝てなかったこのALSがいかに過酷か少しはお分かりいただけるかもしれません.

 さてそれでは,ALSについて症状からお話ししてゆきます.この病気は運動神経が原因不明でどんどんと障害され脱落してゆく結果,筋萎縮が全身に進行してゆく病気です.ルーゲーリックの場合,手の筋肉から発症しわずか4年で亡くなられておりますが,この経過はかなり典型的なものです.

 すなわち手から始まる型(約40%),足から始まる型(約30%),球麻痺型といって舌,喉や口などの筋肉がやせて嚥下困難や構音障害(しゃべりにくい)から始まる型(約30%弱)があり,いずれも数年で全身性に筋萎縮が拡がり,呼吸筋の麻痺のため生命の危険にさらされるようになります.またルーゲーリックは30歳代の後半で発症しましたが,一般に50歳代に発症のピークがあり,男性が女性より約2倍多く,年間発症率は人口10万人当たり1~2人といわれていいます.また外傷歴がある人に多いという統計的データもあるといわれています.

 次にこの病気の診断ですが,そもそも運動神経には上位運動ニューロンといって大脳の前頭葉から始まって錐体路という名前で脊髄の前角まで行く運動神経と下位運動ニューロンといって脊髄の前角から筋肉まで行くいわゆる末梢神経に属する運動神経があります.ALSではこれらの神経が2種類とも障害される結果,深部反射の亢進と病的反射の出現といった上位運動ニューロン障害の徴候と筋萎縮や筋線維束攣縮といった下位運動ニューロン障害の徴候の両方が認められ,しかもそれが延髄,頚髄,腰髄といった異なるレベルでみられたら診断はより確実となります.

 鑑別には椎間板ヘルニア,頸椎症,脊髄腫瘍などをMRIなどの画像検査で除外するほか,運動神経の伝導速度検査などで多巣性運動ニューロパーなど免疫抑制療法により回復する可能性のある疾患を除外する必要があります.

 それからこの病気の原因ですが,これは未だによく分かっておりません.現在のところ1番有力な説は,脳の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰に働いて神経細胞を痛めているという説であります.実際,この説に従ったリルテックという薬がこの病気の進行をわずかに阻止できるようです.しかしそれでは不十分なため,結局対症療法に頼らざるを得ず,車椅子やパソコンなどの補助具を使って移動や意思伝達を行ったり,食事が出来なくなれば胃瘻を増設したりします.そして呼吸困難が出てきた場合,患者さんが希望すれば人工呼吸器を付けることになります.これには気管切開をする方法や鼻マスク式などいろいろなやり方があり,条件がうまく整い,生き甲斐その他を見つけこの病気を克服できているような方もおられ,県内では既に15人以上の方が在宅人工呼吸療法を経験されております.現在,さらに病気をくい止めるべく徳島大学のビタミンB12大量療法を始めいろいろな取り組みが試されておりますが,自分の幼弱な神経幹細胞を用いた神経移植による再生医療が早く現実のものになるよう期待しております.

 この疾患は運動神経に選択的に障害が起こるため,通常,感覚障害や認知障害,自律神経障害などをきたさないといわれており,かえってそれがこの病気の厳しさを引き立たせております.しかし現在県内では明るく療養されておられる方も多く,ルーゲーリックに勝るとも劣らないように私には見え,逆に私はそのような方から元気をいただいている次第であります.

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